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小野神社 四棟外観
小野神社の創立年代は不明ですが、諏訪神の垂迹(すいじゃく)の地と伝えられ、建御名方命を主神として祀っています。中世以降、南側に境内を接する矢彦神社とあわせて、小野南北大明神と称せられ、信濃国の二の宮として崇敬を集めました。
現在の社殿は、寛文12年(1672)4月の類火により主要社殿が焼失した後、松本藩によって同年9月までに再建されたものです。本殿2棟と八幡宮本殿1棟、勅使殿1棟の4棟が指定されています。
本殿2棟は、同規模・同形式で、御柱祭の年に祭神が一方から一方へ遷座されます。全体の形式は、中規模の白木造の一間社流造で、前面に縁と階段が設けられています。八幡宮本殿は、本殿よりやや小規模な白木造の一間社流造ですが、本殿よりも省略された様式が用いられています。勅使殿は、切妻造、白木造の四脚門(よつあしもん)の内部に床を張った、諏訪大社系の神社にみられる「御門屋(みかどや)」の形式です。
これら四棟は、松本藩の大工中村四郎右衛門によって建てられ、全体の形も細部の意匠も端正で、その時代の県内の神社建築の代表作の一つといえます。