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塩尻市の概要について

ページID:0013541 更新日:2021年9月1日更新 印刷ページ表示

 

 

市章の画像
塩尻市の市章

 塩尻市の概要について記載しています。

 昭和34年に「塩尻町」「片丘村」「広丘村」「宗賀村」および「筑摩地村」の1町4村の合併により市制を施行しました。続いて昭和36年に「洗馬村」が合併、平成17年に「楢川村」が編入合併となり、今日の塩尻市に至っています。

塩尻市内案内図

位置

 松本盆地の南端、長野県のほぼ中央に位置します。 隣接市町村は、東は岡谷市、西は朝日村、南は辰野町、北は松本市で、木曽方面は木祖村です。

 地形は扇状地形で、信濃川水系の「奈良井川」と「田川」、天竜川水系の「小野川」が流れています。そして「塩尻峠」と「善知鳥峠」「鳥居峠」は、太平洋と日本海への分水嶺となっています。北アルプス、鉢盛連峰、東山・高ボッチ山、さらには中央アルプスの山並みを背景に田園風景が広がる、清浄な水と緑に囲まれた歴史あるふるさとです。

交通

 本市は太平洋側と日本海側の交通が交差する交通の要衝で、鉄道はJR中央東線・西線及び篠ノ井線が通過します。主要幹線道路は、長野自動車道のほか、一般国道19号、20号及び153号が通過し、分岐点にもなっています。

塩尻市へのアクセス

市域

 東西17.7キロメートル・南北37.8キロメートル

面積

 約290.18平方キロメートル

人口

 人口(統計しおじり2019年(平成31年・令和元年)版)

歴史・文化

 本市には史跡をはじめ、有形・無形文化財など貴重な遺産が数多く存在しています。交通の要衝としてかねてから栄えたまちには旧街道の中山道、三州街道、北国西街道が通り、街道沿いに栄えた「奈良井宿」「贄川宿」「本山宿」「洗馬宿」「塩尻宿」「郷原宿」は、今もその面影が残ります。特に中山道11宿の中で最も賑わいをみせた奈良井宿は、往時の景色をよく残していることから、漆工の町「木曾平沢」とともに国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

 近代歌人たちが集まった広丘原新田には、本棟作りの旧家を移築した短歌館や歌碑公園があります。歌碑公園には、近代短歌の潮流といわれる「太田水穂」、「島木赤彦」、「若山牧水」をはじめ、女流三歌人の「若山喜志子」、「四賀光子」、「潮みどり」の数々の優れた歌の歌碑が建立され、短歌館には、それらの歌人たちの遺品が展示してあります。また、毎年開催される「全国短歌フォーラム」は、全国から数多くの短歌が寄せられ、全国の歌人の心をときめかせています。

このように、様々な形で本市の歴史・文化が継承されており、今後は、歴史文化の伝承の一方で、それらを活用したまちづくりが期待されています。

 

市花・市木

キキョウの花の写真
​(市の花 キキョウ)

市花キキョウ秋の七草の一つとして親しまれているキキョウが,塩尻市の市花です。夏の高原に青紫色の清楚な花を付ける姿は,古くから歌人に愛されてきました。万葉集の”アサガオ”はこのキキョウのことだといわれています。

イチイの写真
​(市の木 イチイ)

市木イチイ本州の亜高山帯に自生しているイチイが,塩尻市の市木です。姿が上品で親しみやすいため,庭木の垣根として植えられ,美しいふるさとの環境づくりに一役買っています。(信州では「ミネゾ」「トガ」とも呼ばれます)

関連情報

市民憲章

都市宣言