ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 組織でさがす > 企画政策部 > 秘書広報課 > 広報塩尻令和8年11月号テキスト版 2ページから3ページ

本文

広報塩尻令和8年11月号テキスト版 2ページから3ページ

ページID:0067748 更新日:2026年10月29日更新 印刷ページ表示

広報塩尻2026年11月号テキスト版2ページから3ページがご覧になれます。

塩尻市長 百瀬 敬「写真」 優しさにあふれ幸せを感じる塩尻市に

 私は、9月20日に行われた塩尻市長選挙において市民の皆さまの負託をいただき、引き続き市政の重責を担わせていただくことになりました。
10月1日から2期目の新たな任期を迎え、改めて負託の重さを身に染みて感じるとともに、市民の皆さまの期待と信頼に全力で応えてまいります。これまで、多くの皆さまと交わしてきた深い対話や温かいお力添えを胸に、4年前に初当選した時の初心を忘れることなく、謙虚な姿勢で未来への責任を果たしていきます。
 塩尻市は、本格的な人口減少局面の到来や少子高齢化の急激な進展に伴い、複雑かつ多様化する地域課題に直面しています。
 令和7年国勢調査の確報値では、令和7年10月1日時点の本市の総人口は6万5442人となり、令和2年の調査時と比較して、1799人、2.7%の減少となりました。一方で、0から14歳の「年少人口」や、15から64歳の「生産年齢人口」の割合は、県内19市中、それぞれ3番目と2番目に高い位置にあり、本市の大きな強みであると捉えています。
 人口減少をはじめ、少子高齢化に伴う社会保障費の増加、さらには公共施設の老朽化などは、本市においても決して避けることのできない、極めて深刻な課題であることから、解決に向けて、強い覚悟を持ち果敢に挑戦していきます。
 私は、これまでの4年間、「徹底した対話と現場主義」を貫き、市民の皆さまと重ねた対話から見えてきた市政課題を踏まえ、このたびの選挙を通して、「人をつなぎ、地域をつなぎ、未来へつなげる、『つながる塩尻』」をつくり上げていくことを訴えてきました。つながることにより、誰ひとり取り残さない塩尻市を、そして、優しさにあふれ、幸せを感じることができる塩尻市を、市民の皆さまと共につくっていきます。
 また、塩尻市の10年、20年先の未来を見据え、「人口減少の緩和」と「健全財政の維持」を最終的な目標に掲げ、さまざまな政策をお示ししました。
 中でも、「地域公共交通の充実」を最重要課題の一つに掲げています。生活や経済の礎となる交通の利便性を高め、高齢の皆さまの日常の移動や通院の手段を守るとともに、子どもたちの部活動の移動支援など、世代を超えた日々の営みの基盤づくりを強力に推進していきます。
 また、これまで進めてきた第2子以降の0から2歳児の保育料無償化や、小学校の給食費無償化の継続など「子育て支援、教育環境の充実」に注力し、若者世代が「塩尻で働き、子どもを産み育てたい」と思える環境づくりを進めていきます。
 加えて、社会的に弱い立場にある方々への配慮や支え合いの地域づくりなど「福祉の向上」に引き続き取り組み、「誰ひとり取り残さない塩尻市」を具現化していきます。
 一方で、財政運営の礎となる財源や、市民サービスの基盤となる職員の人的資源も限られる中で、すべての事務事業をこれまで通り続けることは、非常に厳しいと認識しています。これまで以上に、聖域のない不断の見直しを力強く推し進めるとともに、公共施設の老朽化対策については、今年度中に「公共施設整備計画」を策定し、市全体の公共施設の在り方について、中長期的なビジョンをお示しします。
 さらに、2期目における私自身の大きなテーマの一つに、市政への関心を高めていくことがあります。これからも、徹底した対話と現場主義を基本姿勢に、地域のさまざまな現場に積極的にお伺いしていきますので、どうか気軽に声を掛けていただき、今の市政に対するお気持ちやお考えをお伝えください。塩尻のまちづくりに関心を持っていただき、ぜひ一緒にまちづくりを進めていきましょう。
 もとより微力ではありますが、この先の4年間を、塩尻の未来へつなげる確かな歩みと位置付け、「感謝」の気持ちを常に忘れることなく、渾身の努力をしてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

表紙の写真「写真」

 2期目のスタートとなる10月1日に、市職員や支援者が拍手で迎える中、登庁。その後の就任式では、職員に向けて「感謝の気持ちが、つながることの第一歩。感謝を忘れずに共に市民の皆さんのために働きましょう」と力強くメッセージを伝えました。「写真」

【略歴】

ももせ・たかし
昭和45年5月生まれ。
平成5年に塩尻市役所に入庁。企画課、情報推進課、観光課などに所属。平成29年から産業政策課長、令和2年からは産業振興事業部長を務め、令和4年3月に退職。令和4年10月1日に7人目塩尻市長に就任。
座右の銘は「われ以外、みなわが師」