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塩尻短歌館 施設案内
塩尻短歌館
施設案内
【本棟造りの古民家】
塩尻短歌館の建物は、明治元年(1868年)に建てられた民家です。元は中山道沿いにありましたが、柳沢家のご厚意により塩尻市に寄贈され、近代短歌の源流ともなった塩尻市広丘の地に移築され、塩尻短歌館として二度目の命を与えられました。開館日は平成4年10月1日、短歌館として30年余りの歴史を刻んでいます。建築様式は長野県中南信地方独特の本棟造り(ほんむねづくり)で、切妻(きりづま)のゆるやかな勾配の大屋根に、雀踊り(すずめおどり)、出格子、式台玄関などを備えた格式高い建物です。平成21年に国登録有形文化財に登録されています。
<建築データ> ●建築年 明治元年(1868年)
●形式規模 本棟造り2階建 約95坪
【短歌の博物館】
塩尻短歌館では塩尻ゆかりの歌人の掛け軸や短冊、色紙、書簡などを展示しています。また、歌人の全集や寄贈図書などを収蔵・展示しています。
【事業・イベント】
遺墨や関係資料の展示、資料の収集・保存、調査等のほか、塩尻短歌大学、企画展、書道展、百人一首大会、灯籠短歌大会、コンサートなどを開催しています。
※今後も文学館として、また、生涯学習の拠点として充実を図っていきます。
島木赤彦寓居 「牛屋」
島木赤彦は明治・大正期に活躍したアララギ派の代表歌人です。その赤彦が明治42年に校長として赴任した広丘尋常高等小学校(現広丘小学校)時代に2年間暮らしていたのが、塩尻市広丘原新田の善光寺街道沿いにあった島木赤彦寓居「牛屋」です。「寓居(ぐうきょ)」とは下宿の意味です。また、「牛屋」は屋号で、昔、街道を往来する牛方(うしかた。牛を引き連れて歩く人)の宿だったためついた名前と言われています。「牛屋」には多くの歌人や文人が訪れ、文学サロンの役割を果たしました。
「牛屋」は令和2年に国登録有形文化財に登録されました。その後、塩尻市に寄贈され、令和4年に塩尻短歌館横の歌碑公園に移築されました。小規模ながら、雀踊りや式台玄関が備わっています。
「牛屋」は令和2年に国登録有形文化財に登録されました。その後、塩尻市に寄贈され、令和4年に塩尻短歌館横の歌碑公園に移築されました。小規模ながら、雀踊りや式台玄関が備わっています。


歌碑公園の松林の中に建つ「牛屋」