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広報しおじり令和元年9月号テキスト版6ページから7ページ

ページID:0001943 更新日:2021年6月28日更新 印刷ページ表示

広報しおじり2019年9月号テキスト版6ページから7ページがご覧になれます。

広島平和教育研修報告 平和への思いを未来につなぐ

 8月5日および6日に行われた、市内中学生による広島平和教育研修の様子をお伝えします。
問い合わせ 総務人事課行政係 電話0263-52-0280 内線1311

中学生12人が広島で平和学習

 本市では、平和で明るく住みよい郷土の発展を願い、昭和60年に「平和都市推進の宣言」をしました。その一環として、平成6年度から毎年開催しているのが「広島平和教育研修」です。この研修は、原爆被害の悲惨さや平和の尊さについて学び、8月6日に開催される平和記念式典に参加するものです。これからの社会を担う世代に平和の尊さを受け継いでもらうため、市内中学校6校から2人ずつ計12人の生徒が参加しています。これまでに290人の生徒が広島を訪れ、平和のために何ができるか、後世にどのように伝えていくかを考えてきました。

それぞれの平和への思いを伝えた「平和祈念のつどい」

 戦後70年以上が経過し、戦争を知らない世代が大多数を占めるようになりました。広島を訪れ、被爆者の講演や資料館の見学などを通じて、平和の尊さや、戦争、核兵器の恐ろしさを感じた生徒たちが、8月12日の「平和祈念のつどい」で平和への思いと決意を発表しました。
 また、市内在住の上原郁夫さんによる講演も行われ、戦争末期から終戦直後における幼少期の体験談を語っていただきました。

主な研修日程

  • 8月5日
    • 中・高生ピースクラブの皆さんによる原爆被害の説明と原爆被爆者による被爆体験講話
    • 広島平和記念資料館の見学
  • 8月6日
    • 平和記念式典に参列
    • 原爆死没者慰霊碑への献花
    • 原爆の子の像へ折り鶴の奉納

「写真」1 原爆について学習・発信する活動をしている広島市の中・高生ピースクラブの皆さんから、原爆被害の概要を学びました。
「写真」2、3 全国から小・中学生や高校生が集まり、平和について考えるワークショップを開催。「原爆の記憶を風化させないためには」をテーマに、自分たちはどんな事ができるのかなどを話し合いました。
「写真」4 広島平和記念資料館を見学。原爆の恐ろしさを伝える被爆資料や遺品などの数々に、心が痛みました。
「写真」5、6 平和記念式典では、世界89カ国、約5万人の参加者と共に、平和への誓いを新たにしました。
「写真」7 原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め、世界に平和を呼び掛けるために建立された「原爆の子の像」に折り鶴をささげました。
「写真」8 原爆死没者慰霊碑に献花を行い、犠牲者の冥福を祈りました。
「写真」9、10、11 「平和祈念のつどい」では、中学生による研修報告と、市内在住の上原郁夫さんによる終戦当時の生活についての講演が行われました。

研修に参加した中学生が語る 平和への思いと決意

 広島平和教育研修に参加した12人の中学生の皆さんが研修を通して感じた思いと決意を紹介します。

塩尻中学校

太田 裕那(ゆうな)さん「写真」

 今回、私が一番考えた事は、戦争に伴う人の死を忌まわしいものにしてはいけないという事です。それらを敬遠し、忘れてしまったら、同じ事が再発してしまうかもしれません。それを防ぐため、当時の記憶を風化させないように私は尽力したいと思います。

桂川 京(きょう)さん「写真」

 原爆を体験した人の話の中で、「アメリカもそうだけれど、戦争をいつまでも続けていた日本が一番許せない。」という言葉に圧倒されました。この言葉を聞いて、ただ平和を願うだけでなく、日本がした事を正しく知ることも大切だと感じました。

丘中学校

鵜飼 元樹(うがい もとき)さん「写真」

 平和記念資料館にあった、当時の写真に映っていた人の表情から、原爆は本当に恐ろしいものだと感じました。また、自分よりも幼い子どもも原爆の被害に遭ったと思うととても悲しい気持ちになりました。今回学んだ原爆の辛さなどを、伝えていきたいと思います。

小野 直哉(なおや)さん「写真」

 今年で戦後74年になり、戦争を体験した人たちの平均年齢が80歳を超え、話を聞く事が難しくなってきています。原爆の悲劇を繰り返さないために、今を生きている私たちが被爆者の体験を聞いて学び、これからを生きていく人たちに伝えていきたいです。

広陵中学校

赤羽 柚寿(ゆず)さん「写真」

 8月6日・9日に、多くの人がそれぞれの当たり前を失った事や、何十年も経った今でも苦しんでいる人たちがいる事を胸にとどめながら知識を深め、多くの人に伝えていきたいです。そしていつの日か、世界から核兵器が無くなり、平和になってほしいと強く思います。

矢嶋 愛子(あいこ)さん「写真」

 実際に被爆した人の話を聞き、自分が生きている事の貴重さを実感しました。戦争について経験者から聞く事が難しくなってきている今、私たちは新たな方法で語り継がなければなりません。広島の声を伝え平和な世の中をつくるため、行動していきたいです。

塩尻西部中学校

田中 宏樹(ひろき)さん「写真」

 平和記念資料館の見学では、焼け焦げた弁当箱やボロボロになった服、多くの写真などが展示してあり、被爆者の苦しみがどれほどのものだったのかと、辛くなりました。戦争は絶対にやってはいけない、この原爆の被害を風化させてはいけないと心から思いました。

清水 陽太(ひなた)さん「写真」

 私たちは、被爆された人たちの体験談を単に悲惨な過去にするだけでなく、生きる事の大切さや今の幸せ、平和とは何かを考える事が大切なのだと思いました。今回学んだ事を自分なりの言葉でたくさんの人に伝え、後世へ語り継ぐ平和の架け橋になりたいです。

両小野中学校

宇治 凛平(りんぺい)さん「写真」

 歴史は、時代とともに消えて行ってしまうものですが、世界で唯一の被爆国の日本だからこそ広島の歴史は消してはいけません。二度と戦争が起こらないようにするために、広島の歴史を次の世代にも伝えていく必要があると思いました。

横沢 実樹(みき)さん「写真」

 平和記念資料館には、目を背けたくなるような資料があり、戦争の悲惨さを一番に感じました。原爆の記憶を風化させないためには、多くの人が原爆の悲惨さに向き合う事が大切だと思います。悲惨さを後世の人に伝えていく事が、今の私たちにできる事だと思います。

楢川中学校

田中 舜汰(しゅんた)さん「写真」

 平和記念資料館には、被爆された人が描いた絵が展示されていました。現実とは思えないような絵で、描かれていた「タスケテ」の言葉が頭から離れません。同じ過ちを二度と起こさないため、研修で感じた事や被爆者の声を自分と同じ若い世代に伝えていきたいです。

吉田 想世(そよ)さん「写真」

 今の平和な日本があるのは、辛くても原爆ドームを残し、写真を撮り、絵を描き、自分の口から話して私たちに伝えてくれた人たちがいたからだと思います。私も研修を通して学んだ事や、感じた事を多くの人に伝え、今後の平和な社会の実現に努めていきたいです。