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塩尻市

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塩尻ワインの歴史

ブドウ栽培の始まった明治時代から、先人たちが熱意を持って、大切につないできた夢が実を結び、ブドウの甘い香り、ワインの芳醇(ほうじゅん)な香りが漂う、「ブドウとワインのまち塩尻」の姿が出来上がりました。塩尻でワインがどのように生まれたのか、その歴史をご紹介します。

ワインを生んだ土地、桔梗ヶ原

塩尻駅西口前の写真

「桔梗ヶ原」は、JR塩尻駅の西部に広がる約8平方キロメートルの地域です。毎年初秋、ブドウの甘い香りに包まれます。

桔梗ヶ原は、標高が700メートルを超えており、年間の降雨量が少なく、昼夜の温度差が大きいため、昔からブドウ栽培に適した土地だとされています。

しかし、ブドウ栽培が始まるまでは何もない土地で、明治以前の桔梗ヶ原は、見渡す限りの原野だったと言われています。「善光寺道名所図会」(豊田利忠編)にも、「不毛の地(略)郷原宿までの間人家なく」という、洗馬宿から郷原宿に至るまでの桔梗ヶ原の風景についての記述があります。

ブドウ栽培の始まり

明治23年(1890年)ごろ、豊島理喜治(とよしまりきじ)が、ほとんど原野だった1ヘクタールの土地に、コンコード、ナイヤガラなど約20品種、3000本の苗を試植したことから、ブドウ栽培が始まりました。

その後、小泉八百蔵(やおぞう)による栽培技術の変革をはじめ、品種改良や凍霜対策の発達などのさまざまな試行錯誤が繰り返され、ブドウ畑が広がっていきました。

豊島理喜治の石碑

豊島理喜治の石碑の写真

見渡す限りの原野であった桔梗ヶ原の大地を、ぶどう栽培により開拓した豊島理喜治さん。その功績を称える記念碑が、ぶどう畑が広がる桔梗ヶ原にたたずんでいます。
場所は、国道19号線沿いの長野県塩尻警察署となり、塩尻市総合グラウンドの敷地内です。お出かけの際、立ち寄ってみてください。

ワイン醸造の始まり

明治30年(1897年)ごろ、理喜治が、ブドウ酒を造るための醸造庫を建設し、県内で初めてワイン醸造が行われました。
昭和に入ったころには、林五一らがブドウ酒醸造工場を誘致しました。その後、太平洋戦争で、一時醸造が制限されたものの、ブドウ酒産業は順調に発展し、ブドウ酒はいつしかワインと呼ばれ、広く親しまれるようになりました。

身近にワインがあるまち

今や本市は、9社1高校のワイナリーが集中するほどのワイン産地となりました。桔梗ヶ原を中心とする広大なブドウ畑では、ワインやジュースに使う加工用ブドウが栽培されています。
市内に目を向けると、お店には塩尻産ワインがずらりと並び、ワインを使った料理や菓子が次々と開発、販売されています。贈り物の季節には、市外に住む人への贈答品として塩尻産ワインを選ぶ人も多いのではないでしょうか。塩尻産ワインが主役のイベントも恒例になっています。5月の「塩尻ワイナリーフェスタ」や10月の「塩尻ヌーボーピクニック」、2月の「ワインと語る夕べ」には、県内外から多くの人が集まり、まちが活気づきます。

ぶどうの駅、塩尻駅

塩尻駅の写真

JR塩尻駅は、ホームに葡萄棚が植えられている珍しい駅です。駅西口にも葡萄棚が植えられ、塩尻駅周辺にもたくさんのブドウ園があります。秋になると、電車のドアが開くと同時に、ブドウの甘い香りが広がります。
ホームの待合室のデザインにも、ブドウが使われています。駅東口前に建てられた塩尻観光センターのブドウとワイン樽のモニュメントも、ホームから見ることができます。電車で塩尻に訪れた際には、いろんなブドウを楽しんでください。

ブドウとワインのまち塩尻

塩尻市のロゴマークの画像

塩尻市のロゴには、ブドウのマークが使われています。塩尻市が発行するポスターやパンフレット、名刺、封筒などに使用する他、多くの方に親しまれ、愛されるものとなるように、市民の皆さまはじめ各種団体や事業者での利用を図っています。

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塩尻市役所

〒399-0786 長野県塩尻市大門七番町3番3号 電話:0263-52-0280(代表) ファクス:0263-52-1158 法人番号:3000020202151
開庁時間:午前8時30分から午後5時15分まで 閉庁日:土曜日、日曜日、祝日、年末年始
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